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期間限定オフの小説最終話用ブログ(2008年7月より運営)
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本日徹夜しようか迷っております、柊です。
珍しく小説熱が高いのです。珍しくというところに突っ込んではいけません。
もう話が終盤だからでしょうか。

今回は説明文が長め?なのでだれてしまうかもしれませんorz
今更言うまでもないけれど、初見の方はネタバレ注意!



 
 
 
 
木々の葉が赤や黄、茶色に染まる頃。
本格的な秋を迎えた中で、薬味専門店『アルビノ』の女主人、クスノはのんびりと水が沸騰するのを待ちながらコップを拭いていた。
ヒュルル、とやかんがそれを知らせるのと同時に、店の扉も一緒に開く。
ぎぃ、と扉を開けて入ってきた来客にクスノはぱっと顔を輝かせた。

 
「おやナズナちゃん!」
 
「こんにちは、クスノさん。
今ってお邪魔ですか?」
 
「いやいや、お客さんもいないからねぇ…いてもナズナちゃんはこっちのカウンターに呼んじゃうんだけどさ」

 
にっと笑うクスノに思わずナズナも笑う。
入り口からまっすぐ入って、カウンター前に並べられた椅子の一つに座った。
同時に、右、ではなく左側に結った三つ編みが揺れる。

 
「今ちょうどお湯が沸いてね、紅茶を入れてくるからちょっと待っててね」
 
「わっ、そんな……いつもありがとうございます」

 
申し訳なくて、店の奥に消えるクスノに軽く頭を下げる。

 
戻ってきたクスノは、カップの乗ったソーサーとは別に、モンブランの乗ったお皿までお盆に載せて運んできた。
照明の明かりを受けててらてらと輝く栗に、ナズナは目を丸くする。

 
「ちょっ、クスノさん、今日はいつにもまして豪華じゃないですか…?」

 
あれ以来、クスノの店にナズナはよく行くようになっていた。
その度に、クスノは美味しいお茶とちょっとしたおやつを出してくれる。
昼食や夕食前といった時間帯の場合は、お茶だけの場合もあるが。

 
「んー、昨日セっちゃんがうちに来てねぇ、ナズナちゃん、バイト先決まったんだって?」
 
「セリハ来たんですか!? 
もう、自分から言おうと思ったのに…!」

 
塾にも学校にも行ってるのになんで家から遠いこの場所に来るんだか、とぶつぶつ言うナズナにクスノはカラカラ笑った。

 
「姉弟でごひいきにしてもらって嬉しいよ。
明日ナズナちゃんが来るっていうからね、お祝い用にモンブランを買っておいたのさ。
モンブラン、大丈夫かい?」
 
「はい、大好きですっ、クスノさんありがとうございます!」

 
いやいや、と礼には及ばない返事をした後に、テーブルに一つモンブラン、二つ紅茶――ダージリンティーの入ったカップが置かれた。
クスノが椅子に腰掛けてから、二人は小さなお祝いということで、カップ同士をかちんと鳴らし合わせた。

 
時計の秒針が聞こえるほど静かな店の中で、二人は世間話を楽しんだ。
アルバイト先の本屋のこと、アパート住まいをやめて実家に戻ろうか考えていること、セリハとハッカの関係のこと(妄想を膨らませているにすぎない)、最近お菓子作りをしてみたこと。

 
「あれから一ヶ月経ったなんて、早いもんだねぇ…」

 
世間話が一段落した頃、クスノはふと、思い出したように口にした。

 
「そうですね…」

 
残り少ない紅茶の水面をぼんやりと眺めるナズナの顔は、未だ彼が戻ってきていないことを物語っていた。
 
 



 
 
あれから。
ヒガンが消えて、野原には町の消防団四人、警察二人、救急隊二人、ツバキとリコリスの関係者三人がやってきた。
思ったよりやってきた人数が少なかったのは、皆生命力を吸われて、すぐに動ける人が少なかったためだろう。
野次馬が0だったのもありがたかった。


ほぼ全員がイチョウの家に戻り――目覚めていないスズシロ、ゼンマイ、ウルシ、そしてリコリスの遺体と、それが信じられないでいるイチョウは病院に行ったが――、交代交代で警察に話を訊かれることになった。
勿論『セイサクシャ』絡みの事柄は全て黙秘した。
全て、であるのでカシが消失したことも話さなかった。
警察に話したところで余計話がややこしくなるし、信じてもらえる保障はないのだから。
全員と話をし終わった頃には、もう空に宵の明星が輝いていた。

夜のうちに、リコリスの通夜――町が混乱していたにも関わらず、準備できたのは奇跡だと思う――を済ませた後に、ビロウとハノウはイチョウの家を出発した。
全員朝になるまで待たないのかと止めたが、ビロウは首を振って出て行ってしまった。


『色々あったけれど、ビロウに会えて、うち嬉しかったんよ?』


最後の最後にツバキはそう伝えた。
それに、ビロウはツバキの手の甲にキスを落として応えた。
その時にハノウもハッカも過度な反応をしなかったのは、ビロウの心中を察したからかもしれない。
ビロウはまたいつか、と綺麗な顔でそう言い残して、ハノウと共に明るい家から去った。


翌日の昼過ぎ――リコリスの葬儀を終えた後に、ナズナ、ハッカ、セリハはツバキ達に別れを告げた。
ナズナを除く二人は、朝食を済ませた後に出て行こうかと考えていたが、葬儀に出ないのも失礼であるし、ツバキに話を聞かれたり、なんだかんだで町を案内してもらったりして遅くなってしまったのだ。
リコリス、いや、赤いバラが死んだせいか、もう赤い花が咲くことも無くなっていた。
町が騒がしくて観光どころではなかったけれど、二人は無理矢理、とりわけセリハは人一倍楽しもうと努力していた。
始終浮かない顔の姉を気遣ってのこと、そしてハッカも気遣おうとしている気持ちは汲めるが、彼女も俯いている時間が長かったからである。
ヒガンの作用によって、ハッカは自分の能力――動物と対話することができなくなった。
その代わり味覚は戻ってきたけれど、それでもハッカはショックを隠せなかった。


『そんな能力なくても、グリンとキウとは分かり合えているんじゃないか?』


悩んだあげく、そう励ましたセリハの後に続いてグリンもちるちると囀った。
何を言っているのか、能力を持っていなくとも、全員がなんとなく理解できた。


町を出る前に病院に寄ると、例の三人は目覚めていた。
ウルシだけが別室で、後の二人がいる部屋には使用人の(いちい)という初老の女性が付き添っていた。
ナズナ達は事の顛末を告げて、ウルシとは何も話さなかったが、スズシロ(は、本名でないけれど)とゼンマイとは会話を少しした。
三人は暫く火事の実行犯として拘束されること。
特に、ウルシは長く警察署の世話になりそうだということ。
『欠ケモノ』『監視ビト』の能力も同じく消えていること。
あの頭に響く音を出したホイッスルも、今や普通のホイッスルであること。


『僕らね、姉と弟だったんだ』


能力が消えた代わりに戻ってきた記憶を、ゼンマイは――スズシロは話してくれた。記憶を取り戻したスズシロは、姉を見やって寂しそうに笑んだ。

 
『僕が『セイサクシャ』に出会って願いを叶えてもらおうとしなければ、スズラン姉ぇにも『るりさくら』にも泥を塗らずに済んだのにね。
自分で、もうちょっと努力すればよかった』

 
失礼かと思いながら、ナズナはスズシロの願いとやらを聞いてみると、スズシロは言いよどむこともなく素直に応えてくれた。

 
『スズラン姉ぇがいつも辛そうな顔をしてたから、助けてあげたい。
敵がいたらその敵を倒すだけの力が欲しい。
いつも笑顔でいて欲しいなって』

 
スズシロ、否、スズランは口を開きかけて、再び口を噤んだ。
僕が言うのも変だけれどね、とスズシロはナズナを見上げて言う。

 
『昨日は酷かったと思う。
でも、ずっと辛い顔してちゃ駄目だよ? 
周りの人も、それからカシ売りさんだってナズナちゃんの笑顔を望んでいるんだから』

 
シロはそう言うけれど無理はしないことですわ、とスズランが水を差す。

 
『時が来たら……、今までの無礼のお詫びと、助けて頂いたお礼をしますわね』
 
 



 
 
 
ナズナは再びカップに手をつけて、残りの紅茶を飲み干した。

 
「みんなどうしているんでしょうか……」

 
そうだねぇ、とクスノは腕を組んで考える。

 
「アタシも本当に『監視ビト』じゃあ無くなったからね、彼らが近くに来ても分からない…まあ彼らも能力が無いから、アタシが『監視ビト』だったとしても意味はないけどね」

 
ビロウからは全く連絡が無い、とクスノは告げた。
ハッカはたまにこの店に来るそうだ。
味覚が戻ったせいか、クスノと話をするだけではなく、シナモンや唐辛子など辛味の効いた香辛料を買っていったりすることもあるらしい。
スズランとスズシロはあの事件から一週間もしないうちに、自分達の屋敷に戻ることができたそうだ。

 
「スズランさん達忙しいんだろうなぁ」
 
「あぁ、アタシもテレビでちょっと見たよ」

 
『るりさくら』の社長と姉が小さな町の放火事件に関与していた、というニュースが報道されていたのを二人は見た。
本当に火をつけたのはウルシだったが、世間で『るりさくら』のイメージが落ちないわけにはいかなかった。
けれど一部では、初めて公共の場に顔出しをした社長のスズシロは可愛い、若いだのと人気を博した。
今までスズシロの名前を使い社長業務を担当していたのはスズランの方であるから、テレビでの謝罪会見など、会社内では散々議論されただろう。
姉のスズランも、弟が全てを被って謝罪することはなかなか許しがたかったに違いない。
『スズシロ』の名前を弟に返すのはもっと後でも良かったかもしれない。
しかし、ここでスズランが謝罪会見に出てしまったら、スズシロは二度と『スズシロ』に戻れない気がしたから。
多くの反対と動揺を押し切り、スズシロは会社内における、社長である『スズシロ』を取り戻したのだ。
雑誌では若すぎる社長のスズシロに対して、その真相に迫るような――けれど下らない内容が八割のゴシップ記事が書かれていたが、テレビや新聞では、特に大きく取り上げてはいなかった。

 
ツバキとは、ナズナは週に一度連絡を取り合っている。
聞けば、ウルシは最近、もっと大きな市の警察署に移されたらしい。
町の火事以外にも問題を起こしていたらしいんよ、とツバキは言っていた。
事件の他に、他愛の無い話を笑ってしてくれるツバキの声色からは、リコリスが亡くなった哀しみはすっかり消えたとは言えないけれど、ずっと元気になったように感じられた。
イチョウも、最近になっていつもの調子を取り戻したそうだ。

 
セリハは普通の生活に、学校と塾に通う日々に戻った。
四年間まともに会話していなかったとはいえ、ナズナとの関係は悪いものではなく、近すぎず、離れすぎない、ごく自然の姉と弟という関係になっていた。
あの町から帰る途中や地元に戻ったときに、多くの質問が吹っかけられるのだろうかと構えていたナズナだったが、さしてそんなことはなかった。
セリハが時期を考えているだけなのかもしれない。
ナズナは前とは違い、セリハや祖父母に会いに、頻繁に実家に足を運ぶようになった。

 
「もう一杯飲むかい?」
 
「あ、もう大丈夫です、紅茶もモンブランもご馳走様でした」

 
クスノの気遣いをナズナは制した。
そして、少し躊躇った後に、ナズナは声をかける。

 
「あの…クスノさん」
 
「ん、なんだい?」

 
ナズナが話を切り出そうとした丁度その時、店の扉は古めかしい軋みを鳴らして開かれた。
差し込む陽光にクスノは目を細めた。

 
「いらっしゃ……」

 
クスノの言葉が途切れたのに違和感を感じて、ナズナは後ろを振り返った。
同時にふわり、と三つ編みが揺れる。

 
扉は静かに閉められた。
その人物の足取りはゆっくりしたもので、カン、カンと、下駄と床とが音を奏でる。
膝上の赤い着物からは細い足が伸びている。
二十歳ぐらいだろうか、世間から逸脱したようなオーラを、その女性は纏っていた。
だから二人は目を見張ったのかというと、そうではない。

 
黒いおかっぱ頭には、赤い彼岸花が映えていた。
 
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柊葉
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女性
自己紹介:
某高校で文芸部に所属していました自称駄文クリエイター。今さっき命名(←)。オリキャラ好きーです。高校在学中に執筆していた「仮死にとらわれ」という作品の最終話をワケあって連載します、ネットサーフィンで辿り着いた方で1話から読みたいって方がいれば声かけて下さいませ。時々詩や日記や作品解説も。

※個人誌「仮死にとらわれ」は2008年度の作品です、年度の表記を怠ったのを今更ながら後悔;
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