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期間限定オフの小説最終話用ブログ(2008年7月より運営)
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エイプリルフールですが普段と変わりません。
本当はここまで3月以内に行くはずだったんですが…。
内容は嘘みたいな展開ですが嘘ではありません、よ。

 
 *
 
 
 
 
――コ――ン……。

 
ナズナの意識が途切れようとしていたその時に、不思議な音色が鳴り響く。
それは何処かで聞いたような鉄の響きだったが、一体何処だったか。

 
――オオォォォォン……。

 
その響きに、ヒガンは周りから力を吸い取るのを止めた。
それと同時に、ようやくナズナから手を離した。

 
「これは…」
 
「俺の音叉……?
 っ、喋れた…」
 
「え、わあ、ほんと!
 あ…でも体は動かせない」

 
声を出せたことに少し喜んだのも束の間、体を動かせないのはもどかしい。
この脳に直接響いてくるような音は、カシの音叉で間違いないとナズナも思った。
けれど、あれは確かトランクの中にしまわれたままのはず。
ひとりでに鳴るなんてことはあり得ない。
町の人も、ツバキ達も眠ったままだから誰かが鳴らしたとも考えにくい。

 
――いや、誰か起きたのかも…!

 
町の人達はリコリスの力のせいで眠ったままだったのだ。
そのリコリスはもうヒガンに力を取られてしまったし、ナズナ自身もう力は及んでいないとヒガンに宣告された。
あの時、町の人達にも同じ事が言えたのではないだろうか。
いいえ、きっとそう! 
そして鳴らしたのは多分、トランクを預けている家にいるイチョウかツバキ、ハノウだろうと思われる。

 
――あれ、でも音叉を鳴らそうとか普通思わないよね…。
それにツバキさん達音叉の存在知らないと思うし、今だってまた力を吸われて苦しいはずだし…いや…私達だけが苦しいのかな。
 
「それはないわ。
わたしはこの町一帯から力を吸っていたんだもの、あなたと同じで立っていられなかったはずよ」

 
ヒガンがナズナの考えに対して即座に答えた。

 
「な…じゃあ何で…あの家の誰かがカシのトランクを倒して、その反動で鳴ったとか……?」
 
「いや、これだけ響かせるには鳴らそうとする意思が無くちゃ響かない」

 
カシとナズナが頭を悩ませる中、炎の爆ぜる音よりも小さく、ヒガンは呟いた。

 
「ああ…ついに来たのね……」

 
再び風が巻き起こる。
炎は踊り、前よりも勢力を増してナズナ達に迫る。

 
「早く力をつけなきゃ…他の『欠ケモノ』達からも回収しなきゃ……」

 
ナズナの視界がぐらりと揺れる。
倒れるのも時間の問題だな、とぼんやり考えた。
音叉が鳴ったのも状況打破にはならない。
こんな事態になるとは思わなかった。
『セイサクシャ』に会おうなんて考えなければ、こんなことには。

 
「待て!!」

 
腹から搾り出したような、悲痛な叫びにも似たそれに、ヒガンは力を緩めた。こくんと首を傾げて、ヒガンは声の主に尋ねた。

 
「なあに、カシ?」

 
言いたいことは分かっているけれど、聞いてあげるわ。
そんな表情でヒガンは弱ったカシを見つめた。

 
「もう…ナズナや、他の人達から力を吸うのを止めてくれないか?」
 
「……、殺しは」
 
「目の前で誰かが苦しそうにしているのは嫌なんだ!
特に、大切な人はもっと嫌なんだ!!」

 
ヒガンは目を見開いた。
ヒガンの記憶の中にいる、小さな白髪の男の子――昔のカシと現在のカシがリンクする。

 
――つくづく驚かされるわ。

 
忘れてしまったはずなのに。
あなたはその願いさえも、何処の機能を使ってか分からないけれど覚えていたというの?
……いえ、それは元々あなたを形成する人格なのかしら。

 
ヒガンは溜め息をついて言う。

 
「カシは昔から優しい人間ね。
だけど…カシのこと大好きだけど、その願いは」
 
「人間の…命をやる、って言ったら?」

 
え、とヒガンもナズナも耳を疑った。

 
「俺の『欠ケモノ』としての能力だけじゃなくて、残りの人間の部分、全部持っていけばいい。
肉体だって持っていけばいい。
俺は存在感が欠けてたから、この世から消えたって何の影響もないはずだ」
 
「な…何言ってるの!?
 ねえ、カシ!!」

 
黒い布を引っ張って体を揺さぶってやりたい。
でも動くことができない。
ナズナは大声を出したけれど、それを無視するようにカシはヒガンをまっすぐ見ていた。

 
「カシの…全てを貰っていいの?」
 
「そうだ」
 
「駄目に決まってるじゃない!!」
 
「その代わり」

 
ナズナやここにいる者達、町の人達から手を引いて、火事も消してくれないか?

 
カシの提案に、ヒガンはつまらなさそうな顔をする。

 
「カシ一人とその他大勢を天秤にかけるの?
 割りに合わないわ…」

 
でもね、とヒガンは妖しい笑みを浮かべる。

 
「わたし、昔からカシのこと大好きなの。
全部くれるなんて…あなたからわたしにそう言ってくれるなんて、滅多に訪れる機会はなさそう」

 
それに、大勢から生命力を削るより、人間一人分のまとまった命を貰う方が力のコストも削減できる。
人間一人分でも命は遥かに重いし、価値は大きい。
しかも、その貰い受ける命は大好きな人。

 
「ま、いいわ」
 
「待ってよ!?」

 
どうやら承諾したらしいヒガンに、ナズナは思い切り訴える。
ウルシが来たときよりも、ヒガンが力を発揮したときよりも強い恐怖がじわじわと胸を満たしていく。

 
「ねえお願い…カシを消さないで…消さないでよ!?」

 
ナズナの叫びから一拍置いて、ヒガンはカシに訊いた。

 
「あなたがこの世から消えても…影響はありそうよ。
それでもいいの?」

 
「……これしかないから」

 
この状況下で、カシはふわりと笑った。
困ったように、優しく。
その笑みを見て、ナズナは声を失った。

 
「『カシ売りさん』のときよりも、間違ったことはしていないと思うんだ」

 
ヒガンがカシに寄り添い、二人を赤い光の粒子が包み込んだ。
粒子はまるで花びらのようで、二人の周りで再び赤い花が咲き始めたようにみえる。

 
「ナズナ」

 
すまなさそうな顔をしたまま、カシは一言残した。
――今までついてきてくれてありがとう、と。
やめてよ、そんなこと言わないで。
そう喋ることも忘れて、ナズナはカシの口だけ見つめていた。
自作のお菓子を美味しいと言ったときに返してくれたような笑顔を、カシは最後にナズナに向けた。

 
「きみを忘れないうちにいけそうで良かった」

 
きらきらと、赤い光が強く発光してナズナは思わず目を瞑った。

 
一秒くらい。
目を瞑っていたのはそれだけだったはずなのに、野原を焼き尽くしていた炎は消えて、黒い煙が上がっているだけだった。
ウルシとゼンマイ、スズシロに変わった様子はなく、倒れたままだ。
ナズナの横には、赤い着物を纏ったヒガンが立っていた。
けれど、この数日一緒に旅をしてきた人物の姿は無い。

 
「本当に…消えた……」
 
「…ええ、カシはわたしの糧となったわ」
 
「……」

 
あ、ああ。
そうなんだ。
今まで不思議なことが起こってももう驚かなかったつもりだったけれど。
ナズナは信じたくない現実を目の当たりにする。

 
「こんなの…間違ってるよ……」

 
今まで耐えてきたものが一つ、二つとぼろぼろ流れていく。
ナズナはもう動けるはずだった。
けれど、座り込んだまま、

 
「…うっ……」

 
声にならない叫びとともに涙を流していた。
ヒガンはそんなナズナを、静かに上から見下ろしていた。
誰かの足音が近づいてくるまでは。
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柊葉
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女性
自己紹介:
某高校で文芸部に所属していました自称駄文クリエイター。今さっき命名(←)。オリキャラ好きーです。高校在学中に執筆していた「仮死にとらわれ」という作品の最終話をワケあって連載します、ネットサーフィンで辿り着いた方で1話から読みたいって方がいれば声かけて下さいませ。時々詩や日記や作品解説も。

※個人誌「仮死にとらわれ」は2008年度の作品です、年度の表記を怠ったのを今更ながら後悔;
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