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期間限定オフの小説最終話用ブログ(2008年7月より運営)
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注意書きは以下同文。



 
 
 
 
 次の日の三時頃。仕事の合間に、真っ白いレースの日傘の下で優雅なティータイムを過ごしていたスズシロの元にその知らせは届いた。
「お嬢様、こちらでしたか」
テラスへの透明な扉を押し開けて入ってきたのは誰なのか、スズシロは目を向けた。自分への一般的でないその呼び方で呼ぶ人は、父親時代の『るりさくら』から働いている社員だろうと予想する。
(いちい)さん…ということは、『欠ケモノ』についてのお話ですわね。それにしても珍しいですわ、櫟さんがあの場所から離れるなんて」
かちゃんとカップを置いて、スズシロは少し不思議そうな顔をした。櫟と呼ばれた初老の女性は、なんだかそわそわとしている。顔も青ざめているように思われた。
「受信出来なくなったのです…」
「何が、ですの?」
「坊ちゃんが持っていかれた発信機の反応が確認出来なくなったのです…」
 がたん!
スズシロは櫟の言葉に急に立ち上がり、カップの中の黄金色の液体がこぼれそうになった。櫟はスズシロの言葉を待っている。
――反応が追えなくなったから、地下の研究室から出てきたんですのね…。
「ゼンマイにつきっきりの櫟さんですもの、凄く心配するのは分かりますわ…」
「……。どうしましょう、坊ちゃんに何かありましたら!他の『監視ビト』に捕まってしまっていたら!それとも『欠ケモノ』に!?お嬢様、早くSP達総出で坊ちゃんを探すべきだと思います!」
「櫟さん!少し落ち着いた方がいいですわ」
「お嬢様はご心配なさっていないのですか?お嬢様を昔からずっと慕っている坊ちゃんが…」
「…。心配ですわ」
残った紅茶を見つめて、スズシロは小さく呟いた。
「けれど、ゼンマイは櫟さんも知っての通り、体術に長けた強い子ですわ。それにあんな身なりでも私と一つしか違わない大人ですもの。簡単には捕まりませんわ」
「でも、坊ちゃんには今記憶がございません、不安定な状態なのにそう言い切れるのでしょうか…」
櫟は少し潤んだ目でスズシロに迫った。冷たい風がヒュウ、と二人の間を通り過ぎる。櫟はふと、スズシロの顔も何処か寂しげであることに今更気付いた。
「お、お嬢様…すみません。お嬢様と坊ちゃんに長いことお仕えしていながら、お嬢様のお気持ちを察せず…」
「…いえ。櫟さん、私のことは気になさらないで?」
――今更私のことなんて。
優しい笑みを取り繕い、スズシロはちょっと考えた後にテーブルの上に置いてあった扇子を手に取る。
「櫟さん」
折り入って頼みがありますわ、とスズシロは真剣な眼差しで言う。その頼みというのは、勿論ゼンマイのことであった。
「ゼンマイの反応が消えた場所を特定して下さい。それから消えた時間も…といっても、ゼンマイにつきっきりだった櫟さんですから、もう特定済みだったりするのかしら?」
「はい、すぐにこちらで申し上げることも可能でございます」
その言葉に、スズシロはにこりと微笑んだ。
「櫟さんの特定したその場所に私はすぐに向かいたいのですが、まだ仕事が残っておりますの。それを済ませてから私と共にゼンマイの元へ向かいましょう」
ぱあと櫟の顔に色が戻ったかと思われたが、何かを言いにくそうな顔をした。スズシロはその真意がすぐに分かった。
「仕事は一時間もかけませんわ。…大丈夫、本当に、ゼンマイは大丈夫ですわ」
スズシロはくるりと後ろを向いて、ずっと静かに待機していた、昨日とは違う召し使いにテーブルの上のものを片付けるように促した。その召し使いがテラスから出て行くのを見届けて、スズシロは静かに話し始めた。
「私の自信の理由は…。あの子の能力に寄るものもありますけれど、発信機を貴方の手で壊さないようにということと、カシさんや他の方に出会っても決して命は取らないようにということを約束させたところにありますの。あの子が私との約束を破ったことなんて一度も無くってよ」
それでも発信機の反応が消えたということは。スズシロはその見解を言葉にする。
「あの子は〝笛〟を吹いた可能性が高いですわ」
「笛?いつの頃からか大切にしていて、でも結構前から見かけなかったあの笛ですか?」
「…あれは…不思議な力を宿してしまったの。だから暫く私が管理していました。あの笛は吹いた本人以外をその音で暫く動けなくしてしまう。私の調べでは強く吹けばその威力も強まることが分かりましたわ。機械を狂わせてしまうことも実証済みでしてよ」
淡々と話すスズシロに櫟は僅かな恐怖を感じた。あの笛がそんな恐ろしいものに変わっていたなんて信じられない。これもゼンマイが『欠ケモノ』であることが関係していたのだろうか。いや、そもそも坊ちゃんはいつから『欠ケモノ』だったのか…つきっきりでありながら、不思議な事象の事の発端を全く覚えていない。スズシロが『監視ビト』だということもいつ教えられたのか、それも曖昧だった。何故だろう…?
「もう一つ、貴方の力を持ってしても危険な状況に陥ったらその笛を吹きなさいと約束しました。おそらくゼンマイはこちらを実行したんだと思いますの。発信機は壊れてしまいますけれど、それは同じ場所にいたゼンマイ以外の誰かを確実に気絶させます…気絶した相手はゼンマイの敵にもならなくって?」
「…あ。もし、笛を吹いたなら、坊ちゃんは一人では無く…。スズシロ様がこの前から探しておられるカシさんという方を捕らえている可能性もございますね?」
ふふっと、スズシロは笑みを零した。まるでそれが言いたくて堪らなかったように。
「あの子には心配よりも期待の方が大きいですわ。心配が無いことはありませんけれど。…ゼンマイはきっとやってくれますわ。今のあの子には私しか信じられる方がいませんもの…」
「お嬢様…?」
「…、気にしないでよくってよ。さて、私が仕事を片付けている間、櫟さんは地下の研究施設で、他の社員の方と私が怪しいと睨んだ地域を調べていてくれませんこと?」
「ええ、わたしに任せて下さいお嬢様」
仕事が終わりましたら櫟さんに使いの者を寄越しますわね、と言い残してスズシロはテラスから屋敷の中へと戻っていった。櫟もそれに続いて、最後にテラスへの戸をそっと閉めた。
――心配といえば…。
光の角度によって色の変わって見える、シャボンのような白いスカートをふわりとさせながらスズシロは思う。
――あの子が私よりもずっと優しいことと、お菓子が大好きなところが心配ですわね…。
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柊葉
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女性
自己紹介:
某高校で文芸部に所属していました自称駄文クリエイター。今さっき命名(←)。オリキャラ好きーです。高校在学中に執筆していた「仮死にとらわれ」という作品の最終話をワケあって連載します、ネットサーフィンで辿り着いた方で1話から読みたいって方がいれば声かけて下さいませ。時々詩や日記や作品解説も。

※個人誌「仮死にとらわれ」は2008年度の作品です、年度の表記を怠ったのを今更ながら後悔;
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