期間限定オフの小説最終話用ブログ(2008年7月より運営)
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結局バレンタイン過ぎてしまったけれど気にしません←
前編より少し長くなったのも気にしません。
あまり見直ししていないので多少の失敗があっても気に…すみませんorz
ギャグ寄りにするつもりがちょっとギャグ成分少ないぞ…あらら。
追記より。
***
「なんか不思議な光景だよね」
だだっぴろいキッチンには試食のためのテーブルと椅子もあり、三人はそこで白いちょうちょ・改とアールグレイを嗜んでいた。
白いちょうちょ・改だけにあらず、パウンドケーキ、トリュフ、タルトなどなど作りたてのお菓子もテーブルに並んでいる。
「不思議な光景というのは、私達がエプロン姿でお菓子作りをしたことかしら」
「うん。ナズナちゃんにとって僕達は危険な存在だったのに、あと、スズラン姉ぇとお菓子作ったのも何年ぶりかな?」
「確かに…事件中では想像もできなかったかも」
ごくり、紅茶を飲みながらスズシロの言葉にナズナは頷いた。
あの、名前をつけるならば「セイサクシャ事件」は怖いことも沢山あったけれど、
色んな思いが渦巻いた、誰が悪か決め付けることのできない仕方の無い事象だったように思う。
一つ、「彼」はどうだったのか、ナズナには分からないけれど。
「スズランさん、気を悪くされたらすみませんが」
「何かしら?」
「ウルシさんって…まだ捕まってるんですか…?」
「ああ…彼のこと」
つうと優雅に紅茶を飲み干して、スズランは口元を拭いた。
「まだ…少年院にいるみたいですわ。
最も、彼はずっとあの場所にいる方がいいのかもしれないけれど」
「それは酷いんじゃない…ですか…?」
「いいえ。ウルシはあの場所を出たら、居場所がないのですわ」
その方が可哀相じゃなくって?
身内でもないのにさん付けをしていないことやつんっとした返し、よっぽどウルシのことが嫌いなのだろう。
「居場所がないんですか?」
「あの方、とある会社の御曹司なんですけれども勘当されたらしくって。
事件に関わったからあんな性格になってしまった、という私の思い込みが無ければとっくに彼との縁を切っていますわ」
「それだけ嫌いなのに、スズラン姉ぇったらたまにウルシに面会しに行ってるんだよ」
「あの人に会いに…!?」
短期間とはいえ手を組んでいた情だろうか。
ナズナとしては、大会社の美人副社長が特定の男と面会しているのは、スキャンダルになるんじゃないか、なんてことを考える。
「ナズナさん、私がウルシを好きなんじゃないかと疑いましたわね?」
「えっ、と、似たようなことは考えましたごめんなさい!」
「ねえ、ウルシのことよりさ、ナズナちゃんお菓子どうする?」
ああそういえば、とナズナは思い出す。
テーブルに並んでいる、先よりも減ったお菓子を眺めては考え込む。
「どれもカシくんには負けない出来だと思うけどね。
パウンドケーキは失敗しにくいし、それでいて調味料は市販で買えるもので、プロに匹敵する味わいが出せているし……このトリュフだって……」
分かりやすく、そして熱くスズシロは料理時さながらに語る。
食べながら考えて(途中でこのままでは太ると思って手を止めた)、ようやくナズナはあるお菓子を指差した。
「これにします!」
「あっ、それかー。うん、いいと思うよ」
じゃあこのレシピのメモを用意しておくね。
と、スズシロはトリュフを一つ口に放ってから一旦キッチンを離れた。
キッチンは女子だけとなり、これを機会に、ナズナはもう一つ気になっていたことを聞いてみる。
「……スズランさんは、バレンタイン、誰かにあげたりするんですか?」
「バレンタインは、毎年社員全員にプレゼントしていましてよ。
チョコレートやお菓子じゃありませんけれど」
「全員!? 何をあげているんですか…?」
そうですわね、とスズシロは指を折って数え始める。
「去年はリンゴ、一昨年はカモミール、その前はオレンジをブレンドした紅茶のパックを差し上げましたわね。紅茶は全て自家製ですのよ」
「凄い! じゃあ今年も紅茶なんですか?」
「そうですわね…、お菓子は自社でありふれていますし、弟も私よりずっと美味しいお菓子を振舞うでしょうし、物だとかさばりますし」
「へぇ…。 えっと、こんなこと聞くのも失礼だと思うんですが…スズランさんって好きな方とかいるんですか?」
「カシさんは素敵な殿方だと思いましてよ」
固まったナズナに、スズランは冗談ですわ、と優雅に笑った。
「前に貴女を助けに来たときや、パーティー時のスーツはなかなか格好良かったのは事実ですわ。そんな方と当たり前のようにいるナズナさんの羨ましいこと」
「羨ましいなんてそんなことないです。
時々何考えてるか分からないし、また旅に出ようって言っておきながら一人で出かけること多いし、自分勝手だし」
「カシさんのことよく知っていますのね」
扇子を仰ぎながら冷やかされて、ナズナはぼっと顔を赤らめた。
「逆に、私はスズランさんが羨ましいです。
生活にも苦労しないだろうし、いつも綺麗な格好ですし、
お嬢様にはお嬢様なりの苦労があるのかもしれませんけど……でも羨ましい」
皆さんそう言いますわ、とスズランは苦笑する。
続きに期待したその時、スズシロが少し慌てて戻ってきた。
「大変大変、雪が降ってるよ! 天気予報では晴れだったのにさー」
「えっ、どうしよう…傘とか持ってきてないよ」
「心配には及びませんわ、ナズナさんの家まで送りましてよ?」
「ええ、傘だけ貸してくれれば大丈夫ですよ?」
「ちょっと外も暗くなってきたしね、女の子一人で帰らせるのも悪いよね」
外に通じる扉を開けば、昼間よりもずっと冷たい空気が流れ込み、確かに雪がちらついている。
ナズナは結局、スズラン邸の所持するリムジンで家まで戻ることになった。
わざわざ手間取らせるのも悪い、と思った他にこんなに目立つもので地元に帰りたくない…というのもあったのでナズナは遠慮していたのだ。
複雑な心境でスズシロからメモとお菓子の詰め合わせまで貰って、荻野の案内でガレージについていく。
「ナズナさん、ちょっと」
振り返ると、傘を差したスズランが小さな包みを見せてくれた。
これは? と聞くとスズランは自信に満ちた顔で答える。
「実は、バレンタイン用の紅茶はすでに出来ておりますの。
これは自家製ローズヒップティー。
せっかく私達の所に来てくれたんですもの、是非貰って?」
「いいんですか!? 私スズランさんに渡せるもの持ってないんですけど…」
「ホワイトデーに期待していますわ」
「え!? えっと、分かりました!」
威勢のいい返事にスズランはくすりと笑って冗談ですわと告げた。
拍子抜けしたナズナにスズランは言葉を付け加える。
「でも、貴女からのプレゼントはいつだってどんなものでも嬉しいですわよ」
「スズランさん…」
「カシさんもきっと同じだと思いますわ。……バレンタイン、成功するといいですわね」
スズランとスズシロに見送られて、ナズナはリムジンの中から窓越しに手を振った。
普通自動車の中にはあるはずのない、ぴかぴかの長テーブルに貰ったプレゼントを置いてはぼんやりと眺める。
九月の時点では想像もつかない、なんてVIP待遇だろう。
今日の出来事、どうハギちゃんに話そうかなぁと考えて、突然スズランとの会話が思い出された。
(そういえば)
スズランさんの好きな人、聞いてないな。
許婚とかいるのかな?
好奇心が勝り、ナズナは運転手である荻野に質問してみることにした。
「荻野さん、スズランさんって恋人とか許婚っているんですか?」
「え!?」
荻野の視線が硬直して車と衝突しかけたこと、長テーブルから落ちそうになったお菓子をナズナがナイスキャッチしたこと、
そして荻野が動揺したことにある仮定を見出した……のは別の話である。
とりあえず、荻野曰く「私は聞いたことがありません」とのことだった
***
二月十四日。バレンタインデー。
製菓会社の陰謀に踊らされている一般市民、という考えは捨てておく。
スズランやスズシロは忙しいんだろうなと思いながら、ナズナは最後の仕上げにといきりたつ!
机の上にラップをかけたそれはセリハにつまみ食いをされていない、大丈夫。
(セリハはつまみ食いをするような人ではないけれど)
出発は十二時半。現在九時。
ラッピングを施すにしてもなんて余裕のあることだろう。
今日は右側に三つ編みを垂らすだけではなく編み込みをしてみようか。
いや、下手に気合を入れても何だか(主に弟やクスノさん辺りに)勘違いされるかも?
リビングを行ったり来たりしているナズナを、祖父母は微笑ましく台所から見守っていた。
「バレンタインか……」
平日なのでセリハは学校にいた。
三年生は午前で授業が終わってしまうので、約束に遅れることもないし、忙しかったら無理しなくてもいいとカシに言われている。
クラスの男子が変にそわそわしているのは面白い、なんて人事のように感じていた。
というのも毎年(義理だけど)くれる子が一人いる余裕のせいか、(男の手作りだけど)午後にお菓子を沢山食べられるからか。
「ハッカって来るのかな……」
「流崎―、ハッカって誰だよ?」
「んなっ!? なななんだよ、オレそんなこと言った!?」
急に友人に声をかけられてセリハは焦った。
眼鏡をかけなおして平静を装うが、この後いろいろと弄られるのであった。
***
客の少ない薬味専門店『アルビノ』は常に休業の雰囲気が漂うが、今日は『諸事情により本日は休業致します』の看板を下げて正規の休業をとっている。
片道一時間半かけて店の前に辿りついたナズナ達は、扉を軽くノックした。
店の中からぱたぱたと駆ける足音が近づき、ベルの音を鳴らして扉が開け放たれると、
「いらっしゃい、ナズナちゃんにセっちゃん!」
「こんにちはクスノさん!」
「こんにちは」
エプロンを三角巾をつけたクスノがぱあっと顔を輝かせて出迎えてくれた。
クスノは二人の格好を眺めて手を合わせる。
「二人とも、毎回毎回こんな辺境の場所まで来てくれて悪いねぇ。
今回はアタシらが行けたら良かったんだけど…セっちゃんも学校終わりにすぐ呼び出しちゃってごめんよ」
「気にしないで下さい。あと、セリハがブレザーのままなのはズボラなだけです」
「姉ちゃんみたく洋服選ぶのに時間かけすぎて遅刻しかけるのもどうかと思うけど?」
だって、と言い返しかけてナズナは口を噤んだ。
そう、今日は此処で弟と言い争いをするために来たのではない。
クスノはにこやかな顔で中に上がるよう進めた。
「ナズナちゃん達は中が良くて羨ましいねぇ」
「それはちょっと違うと思います」
「姉ちゃんに同じく」
入り口から何棹もの棚の間を通ってまっすぐ歩いていくと、店の中に入ったときに感じた
甘い匂いが一層強く感じられ、そして。
カウンターにはチョコのロールケーキ、ガナッシュ・ケーキ、トリュフ、シュークリーム、チョコフォンデュ。
席にはすでに紅茶を飲んでいるハッカ、カウンター内側にはクスノよろしく三角巾とエプロンをつけたカシがコップを拭いていた。
ナズナ達の姿を認めると、カシは緑色の瞳をきらきらさせて微笑んだ。
「やあ、いらっしゃい!」
「先に失礼してる。……お前達賑やかだな」
「きうー」「ぴぴぴっ!」
「来たよーカシ。キウとグリンも久しぶり!
……ハッカちゃんもいるなんて、セリハ良かったね!」
ナズナのひそひそ声にセリハはそっぽを向いた。
セリハの方から別に、という声が聞こえたような気がしないでもない。
「今日はバレンタインだからね、腕によりをかけて作ったんだ。
きみ達も早く座って!」
「なんかカシ楽しそうだね、まあ、そうだろうなあとは思ってたけど?」
「まあね」
カシの笑顔に、ナズナもつられて笑顔になった。
今日は、横で揺れている長い三つ編みは三角巾の中に仕舞い込まれているみたい。
クスノにも促されて、ナズナ達はカウンター席についた。
セリハは何かを察して急いで自分の席を確保しようとしたが、その前にクスノがハッカの隣を、しかもとびきりの笑顔で勧めてくるので仕方なくそれに従った。
「なんだよ…女ってなんなんだよ……」
「メガネお前、アタシの隣が気に食わないのか?」
セリハの不貞腐れた顔にハッカはカチンときたらしい。
誤解だと首を振るセリハとじっと睨むハッカのやり取りを、床にいる二匹も含めて全員和やかに見守っていた。
この風景も見慣れたものである。
ナズナは改めてカウンターに並べられたお菓子を見渡して、あるお菓子に目が留まった。
(な…ガナッシュ・ケーキ……だと……)
スズラン邸で教わったお菓子のうち、ナズナはガナッシュ・ケーキを選択したのだ。
カシが作る可能性も想像してはいたが……目の前にするとそれは、自分が作ったものより明らかに美味しそうである。
手提げの持ち手を無意識にぎゅっと握り締めた。
ううん、同じ種類のお菓子で果たしてチーズケーキのリベンジが果たせるだろうか?
この勝負、際どくないだろうか。
いや、別に勝負でもなんでもないのだけれど。
ナズナが悶々と考えていることは露知らず、カシとクスノはコップに飲み物を注いでいた。
「おーい?」
「……あっ、えっと、何?」
「飲み物、ダージリンでいい?」
頷いて、カシからコップを受け取った。
スズランには及ばないものの、カシもなかなか紅茶を入れるのが上手い気がする。
喫茶店も兼業したらきっと繁盛するだろう。
「それじゃあ皆さん、カシのわがままに付き合ってくれてありがとうね」
「……否定はできないけど、クスノさんが提案したのが先だったかと」
「バレンタインに乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
コップを少し掲げて、チョコ系のお菓子の多いお菓子パーティーは開幕した。
***
「どれもこれも美味しい…さっすがカシ…」
「褒めてくれるのは嬉しいんだけど、何で悲しそうなんだ?」
そんなことないよと言いながら、ナズナは小さなシュークリームをやけ食いしていた。
理由のなんとなく分かっていたセリハは―家のテーブルの上にあるものを見たから―、ガナッシュ・ケーキを取り分けて口に運んだ。
「ま…これに姉ちゃんが勝てるのかは分からないな」
その呟きは姉にしか聞こえなかったようで、ナズナはまたがっくり肩を落とした。
キウはツメにこびりついたチョコを舐めながら、五人の談笑に耳を立てていた。
「ぴぴい」
「きうーん」
「あ、キウとグリンも何か言ってる」
キウ達って言葉が通じてるの? というセリハの素朴な質問にハッカはフォークを置いて考えた。
「通じてる。お互い『きうー』とか『ぴぴい』としか聞こえてないけど、分かってるんだ」
「へぇ。ハッカも前ほどじゃないけど、分かるんだろ? いいじゃん」
「まあな…」
ハッカが少し寂しく笑う。
「お前のおかげもあってか、前の力はもう惜しいとは思わないけど…。
でも、あたし以上に分かり合えてるグリンとキウにたまに嫉妬するんだ。
グリンは此処にいた方が楽しいんじゃないか、って思ったりな」
「そうかな…」
「ぴぴぴぴぃ!」
「痛ッ!?」
ぱさり、と飛び立つ音が聞こえたのもつかの間。
グリンが羽を広げてセリハの頭に嘴で攻撃をしかけてきた!
何で? と分からない二人にクスノはにこにこして言った。
「グリンはセっちゃんに嫉妬してるんじゃないかい?
ハッカちゃんがそうだったように、グリンもハッカちゃんとセっちゃんの仲を……さ?」
「は…仲ってなんですか…でも何でオレだけ……あいててて」
「そうなのか? グリン?」
攻撃をやめて、グリンは一声囀って肯定した。
再び羽を広げて主の肩に飛び移る。
ぴいぴい寄り添うグリンと「そうかそうか」とはにかんでいるハッカを見たセリハは、
複雑な気持ちで紅茶の入ったコップに手をつけた。
がっくりしたり、騒いだり、思い出に浸ったり、食べたり、食べたり、食べたり……意外と大食いの多いメンバーの揃ったお菓子パーティーは、午後4時をもって終了した。
***
セリハがえっと声を上げたのは、店から出て5分ぐらい経った後のこと。
「姉ちゃん上げなかったの? あんなに張り切ってたのに」
「だって! セリハも食べたでしょ、あの美味しいケーキ……」
「美味しかったけどさ…姉ちゃんのよりもずっと美味しいんだろうなあと思う」
「うっわあいじわる! でも事実……」
スズシロ達と一緒に作った時は、カシにも負けないぐらいそれは美味しいものだったのだが。
一人で作ってみると、レシピ通りに作ったはずなのだがちょっと美味しさに欠ける気がした。
それでも自分では出来たほうだと思って持ってきたけれど、結局渡せずじまいになってしまった。
うな垂れながら、バス停までの道のりをとろとろと姉弟揃って歩く。
「セリハは良かったねえ、ハッカちゃんに貰えてさー」
「っ!? べっ別に…姉ちゃんだって貰ったし俺のはなんか…複雑っていうか!
それより姉ちゃんも今から上げてくれば?
味はどうであれカシさんだって期待してると思うよ。男だし。お菓子好きだし」
「そうかなぁ…上げたところで今日自分が出したものと比べられるのも嫌だなぁ…」
ハッカは帰る間際に、全員に市販のものだけれどガトーショコラを渡していったのだ。
ハッカの認識では、『二月十四日はお世話になった人達にお菓子をプレゼントする日』みたいで、好きな人にチョコを渡すというこちらの習慣は知らないようで。
それにも関わらず、セリハのだけ特別だったのにはナズナもクスノもにやにやせざるを得なかった。
……眼鏡型のチョコレートという珍しい品だったからでもある。
「バスの時間にも丁度いいし、今日はもう帰る」
「姉ちゃん…」
くしゃりと頭を掻いて、本人がそう言うのなら、とセリハも遥か後方の店を気にしないことにした。
「……」
「「……ん?」」
ざっざっと誰かがこちらに走ってきているような音が聞こえて二人は振り返る。
それが誰かはシルエットですぐに分かった。
短髪で長い三つ編みを揺らせている人物というのはなかなかいない。
ナズナがぎこちなく手を振ると、相手も手を振り返した。
「ああカシ…私達何か忘れ物した?」
「弟くん。きみのお姉さん少しだけ借りていい?」
「え」
「どうぞ」
ナズナ達に追いついたカシは、セリハにお礼を言った後にナズナの手を掴んで道から逸れていった。
あたふたしたまま引かれていくナズナの背中に「バス停で待ってるからー」と浴びせてセリハは歩き出した。
(姉ちゃんが帰ってきたら、何も聞かないほうがいいんだろうか)
***
道の脇に流れている小川の側に着いたところで、カシは手を離した。
ナズナは心臓の辺りを押さえて、なんとか鼓動を落ち着けようとする。
そして深呼吸。第一声はどうしよう?
「あのさ……」
先にカシがじっとナズナの目を覗き込んだ。
いやいやそんなことしたって簡単に私の思いは見透かせないはずで、いや、思いとかはどうでもよくて、いやどうでもよくはないような。
慌てるナズナにカシは頬を掻いてこう切り出した。
「クスノさんが、きみが俺に渡しそびれたものがあるらしいから追いかけろ、っていうから追いかけてきたんだけど……」
「……ええぇ」
クスノさんの差し金か。
間違っていないし、どこで自分の思惑に気付いたのかは知らないけれどクスノさんグッジョブ! とは思う気になれなかった。
でも、カシ自身からというわけではなくとも、せっかく追いかけてきてくれたんだし、渡すべきだろうか。
「無いなら、引き止めてごめん」
「いや……あるにはあるよ?」
腹をくくってナズナは手提げの中から、オレンジ色のリボンでラッピングされた袋を取り出した。
不思議そうな顔をしているカシに、ナズナはしょんぼりした顔でプレゼントを差し出した。
「はい、バレンタインのプレゼント。カシの手作りには及ばないけど」
「……ああ、だから悲しそうだったの?」
色々察して、カシは呆れたように笑った。
「開けていい?」
「うん。……あの、一応、比べないでね? カシの方が美味しいの分かってるから」
袋から小箱を取り出して、蓋を開けてカシは目をぱちくりさせた。
ああ、ケーキまで同じものだったのか。
カシは手づかみで、ナズナ手作りのガナッシュ・ケーキを一齧りした。
ナズナはあの時のように顔をしかめるのではないかとどきどきする。
レモン汁を入れすぎたとか、味の悪くなるような失敗は今回はしていないけれど……。
カシはナズナの見守る中、ゆっくり味わっている。
ごくんと飲み込んだのを窺って、ナズナはおそるおそる聞いてみた。
「ど…どう……?」
「…うん」
にっこり顔を綻ばせて、カシは口を開いた。
「美味しい! 甘さも控えめで、なんだか俺に合わせてくれたって感じがする。
この味…どこで調べたの?」
「スズシロさん達に教わって作ったの。
あー…チーズケーキのリベンジが出来て良かった……」
「あの人達か…なるほどね。
きみのチーズケーキは強烈だったな」
「いや、あれは…ごめん」
謝るナズナに、カシはくれたケーキの半分を差し出した。
ケーキとカシを見合わせて、ナズナの顔は曇る。
「ああ、やっぱり不味くていらないの…?」
「そうじゃなくて」
お菓子は一人で食べるよりも複数人で食べる方がずっと美味しいから。
そう言われて、ナズナはそっと自分の手作りケーキを受け取った。
沈む夕日を見ながら、川の流れる音を聞きながら。
外は寒いけれど、目的が達成出来たせいか、隣にカシがいるせいか、ほっこり暖かい。
試食の時よりも自分のケーキがずっと美味しく感じられた。
「今日はありがとう、ナズナ」
「どういたしまして」
「ところで」
首を傾げるナズナに、カシは少し考えて話を続けた。
「こっちでは、この日に女性が男性にチョコを渡す時、告白をする人が多いんだって。
ナズナも俺に何か伝えたいことがあるの?」
「なっななな無いこともないけど…いや言えない…ような…!?」
衝撃の大きな質問にナズナは顔を赤らめてわたわたする。
どうする自分。言ってしまうの?
いや、それは当初の目的にはなかったし、今言ってしまっていいものなの?
ぐるぐると思考の螺旋にとらわれているとは知らず、再びカシは大きな衝撃を与える。
「きみが無くても、俺には伝えたいことがあるから聞いてくれる?」
「え、うん。……え!?」
最後のケーキの一欠けらを飲み込んでナズナは自分に暗示をかける。
落ち着いて落ち着いて落ち着いて落ち着け!
事件が終わって分かったことだが、カシは人の気持ちを察するのは上手くても、
自分に関することはイマイチ感が鈍い。
どうしてなのかナズナは分からない。「そういう人」で済ませられる問題でもある。
けれど今日はバレンタイン。
もしかしたら何か起こる、かも?
ナズナと向き合ってカシは真剣な眼差しでこう告げた。
「きみを誘っておいて、一人でばっかり旅に出ていてごめん」
「……」
ばつが悪そうに謝るカシに、ナズナは拍子抜けした。
同時に自分がとても恥ずかしくなる。都合がいいにも程がある。
「なんだ…そのことか……」
「他に何を想像していたんだ?」
「なっ何も!!」
訝るカシにナズナはぶんぶん首を振った。
確かにナズナも気にしていた(というよりむくれていた)ことだから謝ってくれたのは嬉しい。
嬉しいし、なんだかおかしくて、ナズナはくすりと笑いが込み上げてきた。
――私達はそういう枠組みじゃないものね。
「今度こそ、ナズナに声かけるから」
「本当?」
「ああ、それに」
言いかけて止めたカシに、ナズナは続きを急かしたがカシは別の方向に視線をやって口を絶対に割らなかった。
むっとして、ナズナは自分にも伝えなければならないことがあることに気がついた。
「やっぱり私もカシに伝えるよ」
「……?」
「自分の都合の悪いときは誤魔化すところ、たまにいらっとする」
「……それは…悪かった」
「基本いい人なのにも嫉妬する」
でも。
ナズナの顔が和らいだ。
「今日はありがとう。
私が気にしていたことも言ってくれてありがとう」
これからもよろしくね。
差し出された手と夕日に照らされたナズナの顔を見て、
カシは袋を持っていない手でその手を取った。
こちらこそ、これからもよろしく。
―それに、旅もお菓子も、きみと、ナズナと一緒なら心強いし、
とても安心する。
飲み込んだ言葉を思って、カシはナズナの手を握り締めた。
終
PR
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某高校で文芸部に所属していました自称駄文クリエイター。今さっき命名(←)。オリキャラ好きーです。高校在学中に執筆していた「仮死にとらわれ」という作品の最終話をワケあって連載します、ネットサーフィンで辿り着いた方で1話から読みたいって方がいれば声かけて下さいませ。時々詩や日記や作品解説も。
※個人誌「仮死にとらわれ」は2008年度の作品です、年度の表記を怠ったのを今更ながら後悔;
※個人誌「仮死にとらわれ」は2008年度の作品です、年度の表記を怠ったのを今更ながら後悔;
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